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この作品のリハーサルが始まる前に
振り付けの中島先生からお話を聞き、
題材である「竹取物語」「かぐや姫」という言葉を聞いても
「日本の昔話」という事だけでいまいちピンとせず、昔話・・と、
少し田舎くさい、というか土くさいという印象を受けました。
参考に・・と、前回やったビデオを見せてもらい、
1回目、2,3回と見ているうちにどんどん物語りに引き込まれている自分がいました。
リハーサルが始まり、振りがついて、
ストーリーを把握し始めた頃から
だんだんこの物語の流れと
「若者」の感情の動きが見えてきました。
リハーサルを重ねていくうち、
僕の中に自然といろんな感情が込み上げてきました。

音を聞く度、動く度、毎回同じではなく
どんどん新しいいろんな感情が溢れてきまし た。
中島先生は、「この作品のこの役はこうだ。」と
上から押さえつけるわけでもな く、
自由に感じたままを躍らせてくれたので、
「僕の若者」がどんどん広がっていきました。
特に印象に残っているのは、
最後の姫が月に帰るときのパドドゥです。
心から愛した人と別れなければいけないのは
絶対にいやなのに、どうする事もできない。
自分の力ではどうすることもできない悔しさ、悲しみ、焦り、
今触れ合っているはずのこの人が
永遠に遠くに行ってしまうんだという絶望と、
それでも何とかしたい、離れたくないという希望。
いろんな気持ちが交錯したパドドゥでした。

ストーリーのある作品は、
その中で役の存在がどんどん広がり、
普段の生活でも今まで自分では気がつかない感情に触れることができる。
中身が豊かになる。
またこうい う作品をたくさん踊って、
心から表現して、たくさんの観客に伝えていきたいと思います。

黄凱

   
演出・振付の中島伸欣先生
 
後藤千花先生

 

 

 

■編集後記

「月の柩」は後藤先生のご依頼で
中島先生が名古屋の皆様と力を合わせて制作し
'95年、名古屋市民芸術祭賞を受賞した
ドラマティックな作品で、
'98年に再演、
そして2004年、3回目の上演で
黄凱が若者を演じました。

終演後に振付・演出の中島先生に
スタッフがインタビューさせて戴いた際に
何故、「柩」という言葉を
作品のタイトルになさったのかを
お伺いしたところ
ちょっと言葉としてきついかと思ったけれども
「別れ」の中でも一番辛い「死に別れ」を
イメージさせる言葉でもあり、
それに匹敵するくらいの別離の辛さ・・・というものを
ニュアンスとして持たせるという意味でお使いになったとのことでした。

また、今回の再演にあたり
黄凱を若者役に起用なさった理由として
「穢れの無い青年」役を踊ることが出来る
とご判断なさったことや
純朴な村の青年の、少しスマートでないような動きも
今の彼なら受け入れ、
自然に表現してくれるであろうと思われたことなどを
あげられて
そして本番では、黄凱はその期待に応え
テンションが上がって
作品に入り込み、とても良く表現してくれたと思うと
仰って下さいました。

そのお言葉の通り
かぐや姫との出会いの前後の
少年のような無邪気さや
恋が芽生えていく中での
無垢な若者の驚きと好奇心、恥じらいが
その仕草や表情から生き生きと伝わってきましたし
朝廷の使者の訪れによって
愛する人を失いそうになる時の心の叫び
かぐやひめ自らの命をかけての拒否に
その危機から逃れる事はできたものの
権力の前に無力である事に傷つく心といった
繊細に揺れ動く心のひだも
よく表現されていました 。
そして深まる思い―
けれど、月の世界に戻るかぐや姫との
永久の別れを前に二人が踊る
クライマックスの パ・ド・ドゥでは
その魂から響いてくるものが
観ている私たちの心に、 全身に、
大きな波動となって伝わってくるかのように
これまでになく激しく、そして切なく
愛を知り、そして別れを嘆く青年の姿を
見事に演じきっていたと思います。

月明かりに照らされた竹林を表現した
美しい照明と舞台美術、
そして布を利用した演出は
その空間に流麗なムーブメントを加え
現代的で、宇宙をイメージさせるような音楽が
更に奥行きを深めた
モダンジャパニズムの幻想的で美しい空間
そこに 綴られた
かぐや姫と若者の愛―
それは、時代を超越して
切なく、激しく、
けれど青く透き通る月光のように優しく
私達の心を感動で包みこむような舞台でした。

取材に際しましてご協力下さいました後藤先生
お忙しい中、インタビューに応じて下さった中島先生
ありがとうございました。


 

 

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