Talk About Huang Kai & Impressions

 

唐世偉校長先生
現在は上海舞踏学校の校長先生
そして黄凱が上海バレエ団に在籍した頃は
バレエ団の団長をなさっていらっしゃいました。
ダンディで素敵な先生です。
公演初日の休憩時間にお話を伺いました。
 

 

Q.上海時代の黄凱はどんな感じでしたか?
私は当時上海バレエ団の団長をしていたので、直接指導したことはありませんでしたが、優秀な学生であったことは知っています。
彼がバレエ団に入団してすぐに オーストラリア公演がありましたが、私は彼を「白毛女」の主役にしたかった位なんですよ。
彼は 幅の広いダンサーなのでバレエ団時代は主役のみでなくいろいろな役柄を演じていましたが、私としてはやはり王子役が印象に残っています。
演技が素晴らしく、頭も良いです。

Q.上海バレエ団はどのくらいのレパートリーがあるのですか?
当時は6〜7ありましたが、今はもっとあると思います。

Q.日本での活躍はご存知ですか?
日本でも彼の公演を観ました。
一昨年の熊本です。彼はものすごく進歩していましたし
熊本県にもファンがたくさんいます。
日本の石井清子先生も素晴らしいダンサーだと言っています。

Q.先生が彼について一番印象に残っていることを教えてください。
他の人が休んでいる時に、一人でスタジオで練習していたことを覚えています。彼は努力家なんですよ。

指導した先生方や、試験や学校での勉強が基本にあり
彼自身のそうした努力が一番の成功に繋がっているのだと思います。
これからも能力を広げて、世界的なダンサーになって欲しいです。

 


呉 国民先生
公演前日の夜にインタビューさせて頂きました。
呉先生もまた、とても素敵な方です。
お話の途中でちょっと腕を動かしただけでも、そのポール・ド・ブラが美しい・・・
腕の動きひとつで、周囲の空気を変えるとでもいうのでしょうか。
以前、日本で凌先生にお会いした時も感じたことですが、黄凱の身近にいらした先生方は、スタイルの良さは無論
どこか、すっと天に抜けるような美しい姿勢とあふれるような気品があり
それは黄凱にも共通することで、
やはり師弟は似るものなのだと改めて思いました。

 

 

Q.黄凱はどんな生徒でしたか?
当時のクラスの中で一番優秀でしたし、私の教え子の中でも最高の生徒でした。
彼は、 とても良く努力をしましたし
卒業公演の時も、同級生が出来ない難しい踊りに挑戦しました。

学生時代、女の子に人気がありましたよ(笑)

Q.クラスには何人くらい生徒さんがいるのですか?男女一緒のクラスですか?
15人で、男の子だけのクラスです。

Q.先生は指導なさる際に、どのようなことを大切になさっていますか?
演じること・・・表現ですね。
その点でも彼は学生時代も他の生徒達よりも優れていました。
テクニカルな面が優れた生徒は他にもたくさんいましたが
彼のように表現する感性を併せ持った人はいませんでした。
卒業してから上海バレエ団での2年間にも、ぐんぐん成長しました。
特に舞台に登場した時の存在感は、
私も本当に素晴らしいと感じました。
変な緊張や力みが無いのがとても良いです。

Q.先生は黄凱にはどんな役柄が似合うとお感じでしたか?
やはり王子役ですね。配役も王子役が多かったです。

Q.現在、彼は王子様ではない役もどんどん挑戦していますが、ご覧になったことはありますか?
まだ、見た事はありません。
ですから、明日がとても楽しみです。

 


ご両親
お父様は黄凱にそっくりのスリムな長身で
頭が小さく、歩き方まで黄凱に似ているかっこいいパパです!
お母様 は小柄な美人で、笑顔の素敵な優しい方という印象。
今回の取材に際して、上海舞踏学校の先生方への
取材のアポイントメントや舞台撮影のカメラマンの方をご紹介頂く等
多くのお力添えを頂きました。
ご両親とも体操の世界で活躍し
お二方とも 全国大会で優勝なさった経歴をお持ちです。

 

 

Q.体操のご両親から、何故黄凱をバレエの道へとお考えになったのでしょうか?

元々、母親としては芸術的な方面に進ませたいと思っていましたが
男の子ですから、子どもの頃は余り踊りに興味はありませんでした。
バレエ学校の入学試験の時は、母親はエジプトへ講師として赴任中でしたし、進路に関しての判断をするのは父親しかいない状況でしたが、父親もまた選手の選出のために国内各地を周っていましたので、最終的には本人の好きなことであることと、友人が(お父様の)見て、すごく才能があるからと薦められたのがきっかけでした。

Q.合格の知らせを受けた時はどう思いましたか?
もちろん、嬉しかったです。
また、彼自身も学校に入ったら火がついたようにバレエに取り組み
大変なことがあっても、彼は全然愚痴や文句を言いませんでした。

Q.サッカーを薦められたこともあったけれど、ご両親の反対があったと伺っていますが?
従兄弟が顔に大怪我をした事があって、危ないということもありましたし
やはり、芸術性のある事をやらせたいという想いがありました。
(中国では、習い事というよりも将来の職業としての視野をふまえて考えるそうです)

Q.黄凱の日本での活躍はもちろん嬉しいことと思いますが、やはり傍にいないのは寂しいのではないでしょうか?
やはり寂しいですが、子どもの頃から(バレエ学校の)寮生活をしていて毎週1回は帰宅しても、両親とも不在がちでしたから・・・
それでも毎週1回は電話したりしていましたし、今はパソコンで顔を見ながら話すこともできます。

Q.今回の公演をご覧になってどうお感じになりましたか?
とても上手になったと思います。
始めは才能があると選ばれた訳ですが、今の彼がいるのは
バレエ学校と日本の皆様のお陰だと思います。
こうして皆様が彼を応援してくれることは
とても幸せなことだと感謝しています。

 

 

 

本番の黄凱は、やはり良かったです。
もちろんリハーサル時も良かったのですが、
本番の時に発揮される彼の表現の世界は
思わずぞくっとしてしまうほどその輝きを増して
まさに、光輝くような源氏の君。
彼以外にこの役を踊れる人なんて
存在しないだろうと思ってしまう位源氏そのもので、
それこそ卒倒してしまいそうなくらい(笑)
魂を揺さぶられるような舞台でした。

そして、安達悦子さんの演じた紫の上にも
ぜひここで触れておきたいと思います。
源氏を愛したが故に様々な苦悩と困難を抱えながらも一途に源氏への愛を貫き通し、とうとう死に至ってしまう紫の上・・・
その少女のような愛らしさ、時には母のような包容力を持ちつつ、
源氏を止むことなく愛するひとりの女性の愛に生きる姿
その美しさも強さも切なさをも見事に演じきっていらっしゃいました。
安達さん演じる紫の上の、愛に生きた「生」が輝いていたからこそ、
その「死」による源氏の深い悲しみが
私達の心により強く響いてきたのではないでしょうか。

お互いがお互いの投げかけたものを高めあうような
切なくも美しいパ・ド・ドゥ
特に、そのシーンに引き続いて
初演には無かった源氏のソロが加わったことで
その悲しみと紫の上への愛がより印象強く、切実に伝わってきて
「二人の愛」がさらに奥深いものへとなっていたと思いますし
それを演じる黄凱もまた
昨年より更に表現の幅を広げたように感じ
彼の創り出す源氏の世界に鳥肌が立つような感動を受け
ました。

不安・嫉妬・迷い・苦悩、そして死・・・
物語の中心となる人物は、みな不幸だったのでしょうか
けれども、そこには
様々な形の魂を揺さぶるような愛がある―
それ程の感情を持つことが出来ることは
それとも幸せなことなのでしょうか
物語の最後、桜の季節を思わせるシーンの中
どこか遠くを見つめながら 佇む黄凱の源氏が
静謐の中にどんな想いを抱いているのか
私達がファインダーを覗きながら感じたのは
幸・不幸などと簡単に言葉でなど例えられない
心の奥の方の震えでした
そしてその答えは、
観る人それぞれの中にあるものなのかもしれません
2004年1月には東京での再演も決定しています
ぜひ、皆様ご自身の心で黄凱の源氏を感じ取って下さい。

終演後、通訳の周さんが「本当に素敵ですね〜」と言いました。
黄凱、ここでもファンをゲットです!
という事で、上海の黄凱ファン2号に認定!?
ちなみに1号は黄凱のお母様です。

スタッフの上海滞在最後の晩、黄凱のご両親のお招きを戴き
お言葉に甘えてご実家に伺わせて頂きました。
きちんと整理の行き届いたとても素敵なお宅でした。
いつもきちんと身の回りのものを整えている黄凱
こういう家庭で育ったからなのだろうな・・・と納得です。
和風の設えのお部屋もあり、日本人形なども飾られていて
ご両親の遠く日本に離れて暮らす息子への想いを
そのお部屋からも感じ取れるようで、
じ〜んとしてしまいました。

この日、ご両親自らが腕を振るって下さったお料理の数々
それは、とても美味しく、素晴らしいものでした。
TalkAboutでもご紹介した黄凱の家庭の味
お母様特製の豚の角煮は甘さも程よく上品な味付けで
お父様オリジナルのポテトサラダも少し歯ごたえを残した
サイコロ状のおいもやハム、そしてナタデココが入った爽やかな味
暖かい心のこもった家庭の味は
私達にとっても最高のおもてなしだと感激しました。
そして、それは私達スタッフを含め
日本で彼を応援する全てのファンに向けられたご両親のお気持ちでもあるのだと思います。

ご両親からは、こうして日本のみなさんに応援して頂ける事を
とても感謝していますというメッセージを頂きました。
また、黄凱にはバレエを通じて
中国と日本の懸け橋になって欲しいとも仰っていましたが
まさに、こうして私達取材班もご両親にお目にかかり
いろいろなお話を伺うことが出来たり
こうして心からのおもてなしを受け、
また、取材を通じて中国の方と出会い交流する機会にも恵まれ
すでに私達にとって黄凱は
中国との懸け橋でもあるのだと思います。
そして、私達はこれからも
より多くの方にその輪を広げる上で少しでもお役に立てるような
サイト作りを目指し続けたいと願います。

こうして公演取材も無事に済ませることができたのは、
ishiguro dance theaterの皆様
そしてご両親はじめ
上海で出会った全ての皆様の善意に支えられてのことであったと
改めて思います。
本当にありがとうございました。

 

 

 

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