Talk About 連載第2回

【上海市舞蹈学校時代1】

 

タイトル画像

大変長らくお待たせ致しました。
連載第2回は僕の母校、上海市舞蹈学校時代前半の思い出を
写真を見ながら振り返ってみたいと思います。

貴重なお写真のご提供並びに取材へご協力下さった
熊本バレエ劇場の伴 征子先生、ワクイバレエ団の涌井三枝子先生
関係者の皆様にこの場をお借りしまして深く御礼申し上げます。

 

■上海市舞蹈学校

 
  1992年8月
  熊本バレエ研究所の先生方と研究生の皆さんが上海市舞蹈学校にて研修した時のお写真
  舞踏学校3年生の時。
クラス終了後の写真です。
学校では、体のラインがはっきり見えるように3,4年生まではこの白いタンクトップとショートパンツでクラスを受けます。
ちなみにタイツ、Tシャツ等は
着ることができません。
     
  熊本バレエ研究所の公演のために上海でリハーサルをしています。
黒いTシャツの方は石井清子先生です。
     
 
  上記と同じリハーサルの一部。
僕は他の子よりやや大きく見えます。
小学5年生〜中学1年生までの年齢制限で、3,4年に1回の
入学試験が行われていた為、同級生のなかでも
年齢が違うからです。
     
   
     
  ■初めての日本(熊本バレエ劇場)
   
 

1992年11月

くるみ割り人形〜誕生100年を祝う〜 
凌桂明校長先生、陳家年先生、上海市舞蹈学校の4名の男子学生と、
上海芭蕾(バレエ)舞団の楊新華が友好出演しました。

  初めて熊本に行った時、
街が綺麗で驚きました。
この写真は、
公演終了後の記念の写真です。
かなり飲んでます。(ジュース)
     
 
  僕はどれでしょう??
     
  終演後、楽屋の前で。
公演はうまく出来たから、嬉しかった。
皆、笑顔です。
     
  ■1993年7月 ワクイバレエスクール・上海市舞蹈学校 日中友好バレエコンサートで来日
 

 

 
  涌井先生はほんとのお母さんみたいな親切な先生です。
その在日中は、とてもよく面倒をみて下さいました。優しい先生で、日本の生徒さんは幸せですね。
 

 

彼は背がヒョコッとたかく、
とても恥ずかしがりやな子でした。
当時まだ中国にはなかったファーストフード店に入ると、
あらゆるジュースを注文し、
トレイいっぱいに並べて喜んでいました。
箕面公園ではタンヤンヤンたちと
手をつないで走り回っているかわいい子供でした。
でもそのときから王子様の片鱗はありましたよ。

涌井三枝子

     
  ちょうどお祭りがあって、皆で浴衣を着せてもらいました。
どんなお祭りかは覚えていません・・・
     
  初めての浴衣。
写真では笑っているけど、
下駄で足が痛くて、
実はかなり苦しんでいました。
     
  真ん中は同級生の李くん。北京の映画学院で勉強して、最近は俳優活動をしています。
右は、同級生の孫くん。今は上海バレエ団のプリンシパルです。
左は、僕です。今は日本にいます。
     
  日本の食事はおいしかった。
でもやっぱり中華が好きかな。
     
  涌井バレエでのレッスン。
レッスンは真剣にやります。
     
  公演のプログラムより。
15歳くらいの時の僕です。
     
  ■1994年4月13日  
 

5年生。タイツが履けました。
文化交流の為に伴先生がレッスンを見に上海へいらした時のもの。
眼鏡をかけている人は、陳家年先生。
入学当初から教えてくれた
とてもコワイ先生です。
伴先生はいつもパワフルで元気いっぱいの先生です。
僕と縁がある。

 

 

     

 

  編集後記
 

上海舞蹈学校時代の黄凱、如何でしたか?
まだあどけない表情の残る楽しい記念の写真
そしてひとたびバレエに向かえば
すでに、プリンスの風格…

貴重なお写真
そして当時の黄凱について
涌井先生がお寄せ下さった
楽しいエピソードに
その様子を思い浮かべながら
思わず「カワイイ〜〜〜」と叫ぶスタッフでした(^^;)ゞ

また、後日伴先生にも、お話を伺わせて頂く予定ですので
どうぞお楽しみに!

熊本バレエ劇場 http://www.kumamoto-ballet.co.jp/
ワクイバレエ団 http://www.arp-w.com/wakuiballet.htm

 

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